日々における真空報告官の御動静をお伝えします
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東日本大震災顛末記
 

 さて、金曜日を振り返ってみよう。10:00に九段下のクラアントにタクシーで行ってweb番組コンテンツの打ち合わせ。11:30に会社に出社してメールチェックをして空腹の為、早めに食堂でLunch。13:00、デスクに戻って6月ローンチの新規サイトのTree図を構成してたりしたら・・・揺れだしたはず。いつもの地震かと思えば段々揺れは増すばかり、揺れの増大と共にその場に立てなくなりヘルメット着用してしばしかがんで・・・収まるのを待つ。

 揺れが収まるとビルの防災警報と共に階段で屋外非難指示。外でテナントごとに並んでるんだか溜まってるんだか・・・みたいな状態で推移を伺い、とりあえず階段で12階のオフィスまで戻る。

 戻った後も余震続き、申告制で帰宅許可が出たろころで地図をプリントして17:15に会社出る。徒歩で麻布〜芝〜日比谷等を抜けて2時間かけて神保町に出る。いつもの店でとりあえず酒と鱈チリ鍋で食料補給していると先行して帰宅している弟より家の惨劇具合を聞きつけ、再び徒歩で帰宅。

 家は足の踏み場のない状態。家の食器の半分は割れる。自室のドアが内側に倒れているボードの干渉で開かず、二人がかりで開放。カメラ防湿庫崩壊。中のカメラ、甚大なる被災。といったところ。

 今回の震災でまずわかったことは「非難MAPはやはり必要」ということ。交通機関がとまってしまうと徒歩で帰るしかないので、あるきなれない場所を通り抜けて帰らなくてはならない。この通路を確認するのはケータイGPSもいいけどやはり紙に勝るものなし。電波が無くなったらどうすんの? 電池なくなったらどうすんの? ということを考えると紙の帰宅路MAPはやはり便利。僕もオフィスに戻ってプリンタ稼動を確認してまずそれを作った。今後は会社のヘルメットと一緒にしておいて不足の自体に備えるつもり。あと、帰宅は早めにすること。僕は17:00から帰宅したけど、陽が落ちてから歩くのは街のランドマークもわかりずらいし、寒いし、しかも危険。帰ることができる状況であれば僕は早めに帰宅をするほうがいいと思う。

 次にやはり高いトコロにモノを置くのはリスキーだってこと・・・。カメラの防湿庫ごとひっくり返り、M5はファインダーが破損、M3も軍艦部破損のかなりの被害・・・。大事なモノは仏壇より高い位置に置かない、これが今後の僕の常識。

 そしてSoftBankの電波は他キャリアに比べて脆弱すぎるってこと。もうキャリア変えようかな・・・死にたくないし。。。

 昨日まではガラスの破片多数にて家内も靴をはいて生活。なんとか半分は片付いたが・・・カメラについては唖然としていて手をつけられず・・・。
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